【春 男】 |
そんなあるとき、半年ほど前に読んだ新聞記事のことを思い出したのです。壁紙の接着剤が原因で、家族が体調を悪くしたというもので、接着剤に添加されている防カビ剤が有害であると書かれていました。私たちが買ったマンションは浴室以外、すべての部屋の天井と壁にビニールクロスが張られていました。壁紙以外の建材にも原因があるらしいということで、私はそのマンションに使われている資材のメーカーのリストを手に入れ、片っ端から問い合わせてみたのです。そうしたら、判で押したように同じ答えが返ってきました。「昔から使っているもので、そのような苦情は1件もありません」と。それで、どうもおかしいと思ったのです。 |
【あきこ】 |
公共の消費者センターに問い合わせても、「気のせいじゃないですか」とろくに話も聞いてもらえませんでした。 |
【春 男】 |
でも、図書館でよく調べてみると、20年ほど前から問題になっていたようでした。しかし、一般の人にはほとんど知られていませんから、病院に行っても各科をたらい回しにされるだけだろうと、最初の1カ月は病院にも行かなかったんです。というのは、下痢になったからと思うと便秘になる、というように症状がコロコロ変わり、夫婦二人の症状も微妙に異なっていたからです。妻はアトピー性皮膚炎、私は口内炎というように、それに「全身どこもかしこもおかしい」なんて訴えても、普通の医者には理解されないだろうと思っていました。 |
【あきこ】 |
でも、地獄に仏で、そういう専門の病院があると教えられたのです。 |
【春 男】 |
北里大学医学部の眼科です。そこで診察を受けると、即、「有機リン、ホルムアルデヒト、有機溶剤による複合慢性中毒および化学物質過敏症の併発」と診断されました。 |
【あきこ】 |
94年6月に松本サリン事件があって、有機リン系の毒ガスが使われたと報道されていましたから、「大変なことになってしまった」と、ゾーッとしました。 |
【春 男】 |
二人そろって、同じ診断結果が出たということで、原因はやっぱり新しいマンションしか考えられなかったものですから、専門機関にマンションの室内の化学物質を調べてもらうことにしました。横浜国立大学・環境科学研究センターの研究員の方が、吸引機を使って室内各所の空気を収集し、センターに持ち帰られました。それをガスクロマトグラフという高性能の分析機器にかけて調べるのです。その結果、高濃度の有機溶剤とホルムアルデヒドが検出されました。 |
【池 本】 |
問題の有機リンは? |
【春 男】 |
それなんですが、有機リン系とひと言でいっても、種類が膨大でなかなか特定できないのだそうです。最初、畳に使われている防ダニ加工の農薬が怪しいということで調べたのですが、検出されませんでした。 |
【あきこ】 |
でも、病院で有機リンの解毒剤を処方されて飲んだら、二人とも症状がとても改善されましたから、検出されないわけがないと思っていました。 |
【春 男】 |
それで、さらに調べてくださいとお願いしたら、しばらくして連絡がありました。私たちのマンションのビニール壁紙から、難燃性可塑剤のTCEP、TCP、TBPが大量に検出されたと。これらが有機リン系だったのです。 |